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氷川丸、荒波乗り越え80歳…横浜で祝賀式典(読売新聞)

 横浜港のシンボル、「氷川丸」が25日、完成からちょうど80年を迎え、係留地の横浜市中区の山下公園では祝賀式典が行われた。

 戦前は北米とを結ぶ豪華客船、戦時中は病院船――。この日は、かつての乗組員らも足を運び、波乱に満ちた歴史を振り返っていた。

 氷川丸は1930年4月25日に横浜市内の造船所で完成し、日本郵船の米国シアトル航路に就航した。数多くの著名人も乗船し、日本的なきめ細やかなサービスが人気を集めたという。

 戦時中には病院船として徴用され、負傷兵を運搬。戦後も引き揚げ船となり、再びシアトル航路の貨客船に復帰できたのは53年になってから。引退後の61年から山下公園に係留され、市民らに親しまれている。

 祝賀式典では、氷川丸の金谷範夫船長が「80歳の誕生日を迎えられ、氷川丸自身が一番喜んでいる。これからも末永くかわいがってほしい」とあいさつした。氷川丸で普段から練習しているという横浜少年少女合唱団が歌声を披露し、集まった観光客らが約1000個の風船を放って誕生日を祝った。デッキ上では、戦前の客船時代に1等客に提供していたビーフコンソメスープも振る舞われた。

 式典に訪れた元日本郵船社員の吉村一郎さん(88)(東京大田区)は終戦直後の45年9月から約1年半、引き揚げ船だった氷川丸の乗組員を務めた。最初に向かったマーシャル諸島のミリ環礁では約550人の将兵を収容。吉村さんは「極度の栄養失調でデッキ上のわずかな段差も越えられないほどだったが、船に乗り込むと念願の日本に帰れるということで泣いていた」と振り返った。

 氷川丸が厳しい時代も乗り越えてきたことに、吉村さんは「これからもシンボルとして生き続けて欲しい」と願っていた。

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